RSS

Vol.44 2008.黄門影供

Japanese Style

和のにゅーす・れたー Vol.43

発行日   2008.秋の七草

発行    三隅勝栄堂

753-0035 山口市上竪小路90

TEL/FAX  083-922-1026

URL misumi-shoeido.com

e-mail  info@misumi-shoeido.com

黄門影供とは

最近読みました『冷泉布美子が語る 京の雅 冷泉家の年中行事』(集英社)より、この季節に冷泉家で行われる「黄門影供」という珍しい行事をご紹介します。

「黄門影供」とは、冷泉家の祖先である藤原定家の没した仁治2年の旧暦8月20日(ユリウス暦1241年9月26日)にちなんで、命日の旧暦8月20日に行われる冷泉家の行事です。

「黄門」とは中納言の唐名(中国での名称)です。定家卿がその地位にあったとき、「京極黄門」と呼ばれていました。影供とは、御影(亡くなられた方を描いた絵画)をかけて供養する法会をいいます。つまり、定家卿を供養するための行事になります。

藤原定家

藤原定家(さだいえ)は、鎌倉初期の公家・歌人。「ていか」と読まれることが多い。藤原俊成の二男。最終官位は正二位権中納言だが、歌道の家としての地位を不動にしました。

定家の作で百人一首に収められているのは、

   来る人を まつほの浦の夕凪に 焼くや藻塩の 身もこがれつつ

という歌。これは代表的な新古今調の歌で、後世の歌に極めて大きな影響を残したとされます。

「新古今和歌集」「新勅撰和歌集」を撰進。ほかにも「定家八代抄」という秀歌撰があり、「毎月抄」「近代秀歌」「詠歌大概」という歌論書もある。この中で、本歌取りなどの技法や心と詞との関わりを論じています。また、18歳から74歳までの56年にわたる日記「明月記」も残しています。この「明月記」には牡牛座で超新星爆発が起こって現在のかに星雲となったことに関する記述もあり、天文学上の重要な資料にもなっています。

また、「源氏物語」「土佐日記」などの古典の書写・注釈にも携わって、この際に用いた仮名遣いが定家仮名遣のもとになりました。

日本文化にとって、藤原定家の残した功績は大変なものだといえます。

以下、『冷泉家の年中行事』の中の文章を抜粋します。

この「黄門影供」は霊元天皇(16541732)が御存命中、(歌人藤原定家を偲んで)宮中で行われていた行事でございます。それというのも霊元天皇は大の定家卿ファンで、和歌に対して熱心に力を入れておられたそうです。その天皇が崩御された時、陛下自らお使いになっていた「黄門影供」の道具一式が御下賜され、そのお道具を今も使わせていただいております。宮中でも祀られるほどですから、定家卿は冷泉家の大スターということになります。

・・・・・中略・・・・・

定家さんは、性格的にかなり問題ありといわれています−神経質である、険しくて妥協しない−が、逆にそういう性格・性質だったから、あれだけの和歌をはじめ王朝文学を残したのではないでしょうか。・・・中略・・・

私は、和歌を大切に、この家は和歌の家であるという精神だけは伝えていきたいと思っております。

黄門影供のしきたり

「黄門影供」のやり方について、以下にご紹介します。

定家卿の「お御影さん」をお出しして、上の間の床の間にかかげ、その前に祭壇をこしらえ、祭壇をはさみ部屋の両側に一対の屏風を立てます。

祭壇には黒塗りの高坏を三台並べ、右より4枚、1枚、3枚と錫のお皿を用意します。右の高杯には蒸し菓子2種類(うち一種は「秋香(あきのか)」の銘の付いた中にニッキ味が入っている金団が必ず手向けられる)、干菓子2種、真ん中の高坏には盛相にしたご飯と箸を、左の高坏には水菓子(果物)3種。この3台の高坏を黒塗りの机の上に並べ、その横に刈萱(かるかや)のお花を錫の花瓶に活け、もう一方の横には火皿ののった灯台を菊型の敷板とともに用意します。

机の前には、霊元天皇から「黄門影供」のためにと御下賜された網代の小机と、その上に同じく御下賜品の陶製の獏の香炉と堆朱の香合を供えます。

僧侶の読経が済むと各自焼香をし、その後、あらかじめ提出しておきました兼題を御影の前で当主が詠み上げいたします。次は当座式に移り、当座題は春夏秋冬雑からなる組題で、おのおのの方の題が決まると儀式どおり所役が重硯を配ります。この日に使う重硯は「黄門影供」用の特別な硯で、昔から伝わる梨子地の硯箱の中には墨と筆が入っております。

紙が配られると別室に移って和歌を詠み、そこで短冊に清書して、詠み上げに入ります。手向けの当座式が終わると、中の間で食事をいただきます。この時に使用する什器も特別に決められたもので、白木の脚のない膳に伊万里焼の器を用い、汁にも塗りの器は使用しません。箸は片細の丸箸。

料理のメニューは焼豆腐の白味噌田楽、さつまいもの角煮に小豆の水煮をかけさらにその上に砂糖をかけたもの、冬瓜の白味噌汁、湯葉・干しシイタケ・青菜の汁物の4品とご飯。供物と同じ秋香とお茶をいただきます。この日はお酒は出ません。

どの行事も大変さ、忙しさは変わりませんが、とくに「黄門影供」には手間がかかります。新しい布で上の間と中の間、そして使者の間の畳を拭きます。食器類を台所蔵から出したり、料理を作ったり、雑用もあったり。また、後片づけも、食器を一枚一枚畳紙に包んでお蔵に戻したり・・・とにかく人手と時間のかかる行事です。

黄門影供から思うこと

今回は、冷泉家の特別な行事についてのご紹介でした。

私たちの家庭には、ここまで格式の高い行事はありません。ですが、その家その家で昔から受け継がれている行事はあるのではないでしょうか。近年の傾向として、面倒であるとか、無駄なお金がかかるなどの理由で家伝の行事がなされなくなってきているように思います。こうした形式を伝えるその真意は何かを考えてみると、「形式ばかりにとらわれて」、とばかりは言えない大切に受け継がれてきた先人の思いがあるのではないでしょうか。

コメント

[コメント記入欄はこちら]

コメントはまだありません。
名前:
URL:
コメント:
 

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://blog.shopserve.jp/cgi-bin/tb.pl?bid=6168&eid=431