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Vol.40 2008.母の日

Japanese Style

和のにゅーす・れたー Vol.40

発行日  2008.母の日

発行   三隅勝栄堂

753-0035 山口市上竪小路90

TEL/FAX  083-922-1026

URL misumi-shoeido.com

e-mail  info@misumi-shoeido.com

万葉集にみる母

万葉集にも父親より母親を思う歌が多く残されているようです。歌の数から比較しますと、

「はは」と詠まれている歌は各巻毎に次のように集計されています。

   母  43   父  24  母父  17

母の歌は、父の歌のざっと二倍近くあることになります。なお、もうすこし分析内容を変え、母と父を一緒に使っている歌数をみますと、「父」を用いるときは、殆どが「母」とともに用いられています。母のみを詠んだ歌は、大凡25首、父のみ詠んだ歌は6首ほどあります。したがって、母の歌の内、約6割は「母」のみの歌と言うことになります。

 母のみを詠んだ歌として代表的なものを、巻11及び巻12中の歌から引用してみます。

「玉垂(たまだれ)の小簾(をす)の隙(すけき)に入り通ひ来ね

           たらちねの母が問はさば風と申さむ」(巻11−2364)

  玉を垂らした簾(すだれ)のすきまからそっと入って通ってきてください。

もし母がとがめて尋ねたら、風だと申しましょう。 

「たらちねの母に障(さは)らば いたづらに汝(いまし)もわれも

事のなるべき」(巻11−2517)

  お母さんにこだわっていたら、あなたも私も何も出来ないでしょ ?

だから決心しなさいな・・・と男にそそのかされます。

「たらちねの母に知らえず わが持てる心はよしゑ

 君がまにまに」(巻11−2537)

  母にも知らせてないけど、私の気持は決まったわ、

あなたの心のままにしてください。

「たらちねの母に申さば 君も吾も会ふとはなしに

 年ぞ経ぬべき」(巻11−2557)

  母に話したら、あなたも私も会えないままに、
  年だけを過ぎてしまうでしょう。

「あしひきの山沢ゑぐを摘みにゆかむ日だにも会わせ

 母は責むとも」(巻11ー2760)

山沢のくろぐわいを採りに行く日ぐらいは会ってね、
  あとで母にばれて叱られても

これらの巻の中の「母」のイメージは、「家庭の中心にあって一家を護る戸主的存在」として詠まれています。子供の側からの「はは」の詠みは、「きびしい」「威厳のある」また「一家を取り仕切る」いわゆる「こわい存在」であるのです。現代で言うところの「頑固親父」あるいはある意味では「雷親父」的な存在と見なされます。

例えば巻11の13首の歌を見ますと、夜ばいしてくる「好きな相手」が、何とか「はは」に睨まれないで、逢う瀬の思いを成就したいという手合いの詠みが目立ちます。古代の母親は「こわい存在」あるいは「強い存在」であったことが、現在となっては懐かしい感じがします。千二百年の時が、家族形態を変えてきたのですね。

母の字

現在使っている楷書体では 母と女はかなり違った形をしていますが、3,300年前漢字が誕生した時は とても似た形だったのです。「女」という漢字は、前で手を組み跪いた女の人を横から見た姿を象った象形文字です。その女の人が子供を生みおっぱいを与えて育てる姿が「母」で これも象形文字なのです。女に両乳を加えた形です。

最後に、「母って言う字」という童謡をご紹介します。

「母っていう字」
作詩:朝山ひでこ/作曲:湯山昭

母っていう字は むずかしい
とがったあごや まるい顔
点々ふたつ うつたびに
いつもちがった 母になる

母っていう字は おもしろい
「さん」をつけたら やさしくて
「ちゃん」をつけたら かわいくて
声に出したら くすぐったい

母っていう字は なつかしい
何度も 何度も かいてみた
いろんな母が かけたけど
思い出すのは ただひとり

たったひとりの お母さん

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