Vol.39 日本の色・春
Japanese Style
和のにゅーす・れたーVol.39
発行日 2008.日本の色・春
発行 三隅勝栄堂
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日本の色
「色」をたどることは、その国の生活文化をたどることと同じだといわれます。
「色」は、色彩そのものとして現象するのではなく、かならず事物をともなってあらわれます。だから、色の名称も、風景や事物に託されることが多く、色の意味を追求すれば、それを表現する生活や風習が、そこにあらわれてきます。日本の「色」をたずねることは、日本人の生活や価値観や美意識をさぐる重要なてがかりといえるでしょう。
日本語の「色」は、もともと色彩の意味がなかったと言われています。万葉集にもあるように「いろせ」とか「いろね」のように、兄や姉の敬称のように使われたり、「いろも」のように恋するものの呼び名として使われていました。だから、ひとを敬する、ひとを恋する言葉として使われていました。それがだんだんと男女の交遊を意味したり、相手の女性の美しさをたたえる言葉となり、さらに美しいものの一般的名称として拡大され、その美しさが色鮮やかさにつながって、色彩そのものを指すようになっていったと言われています。「色恋ざた」のように、どうして「色」と「恋」がくっつくのか納得するところですし、王朝の「色好み」というのも、そうした男女の関係に情をつくすことを指していました。
一方、漢字の「色」は「人のうしろにまた人がおり、抱く形で相交わること」を示しているといわれ、上の「ク」は人で、下の「巴」は人がひざまずく姿だと解釈されるようです。まさに男女の情交を意味しています。
中国では、古くは色彩のことを「采」(さい)といったようです。「采」は木の実を採取することで、それが「彩」に通じて、色や文様を意味するようになったともいわれています。
春爛漫・4月の色
春爛漫(らんまん)の4月。待ち望んだ桜も満開になり、人の心も華やぎます。花を待ち、満開になり、やがて散る。そのどれをも私たちは愛(いと)しむのです。さまざまな花が咲き始め、この国がいっせいに明るくなり始める季節です。
〜桜色〜
春の陽を受けて美しく咲きそろった、満開の桜の花の、ほんのりと色づいた淡い紅色をいいます。ここでは平安の昔からなじみ深い山桜系の色としておきます。現在私たちの周りに多い品種は染井吉野(そめいよしの)ですが、これは江戸時代の終わり頃に改良された品種で、伝統的な桜色にはふさわしくないように思われます。日本人にとって桜ほど愛しい花はないだすね。春めく頃になれば、今年の満開の時を心待ちにしますが、それは平安時代になってからのことです。『万葉集』には梅のほうが多く詠まれていて、往時は桜より親しまれていたことがうかがえます。
〜桜鼠〜
桜鼠は、淡い紅色が灰色あるいは薄墨がかって、わずかにくすんだ薄い桜色をさします。いわゆる墨染(すみぞめ)の桜です。
『古今和歌集』に「深草の野辺の桜し心あらば今年ばかりは墨染めに咲け」とあるように、平安時代、京都南郊に深草という貴族の別業が営まれた風光明媚な地があって、その一角に桜の名所がありました。そこで上野岑雄(かむつけのみねお)が、亡き友人の藤原基経(もとつね)を悼んで、親しい人が亡くなったときに鈍色の喪に服するように、せめて今年だけは墨色がかったような色に咲いてくれと桜に呼びかける歌であります。それよりその地は「墨染」と称されるようになりました。
〜灰桜色〜
灰色がかったくすみの桜色とも、明るい灰色にほんのりと桜色が混ぜ合わさった色調ともいえます。灰色味はあっても濁りはなく、軽やかな色です。
〜氷色〜
氷を色として表現するのはきわめて困難です。流水は空と海を映して白青に輝き、太陽の光を受けて虹色に輝く場合もあります。
『源氏物語』で、明石の上が光源氏に誘われて上洛するおり、明石から直接都へ入らないで、嵯峨の大堰(おおい)川のほとりに一時庵を結ぶ。その「薄雲」の巻きでは、新春の雪のちらつく頃に光源氏がそこを訪れ、明石の上は「汀の氷など見やりて、白き衣どものなよよかなるあまた着て」とあり、真っ白な絹を、砧などで打って磨かれたものを幾重にも重ねた、氷の襲のように見受けられる。
〜土器茶・枇杷茶〜
どちらも浅く赤黄味のある色です。土器茶(かわらちゃ)は土器色といい、枇杷(びわ)茶は枇杷の果皮の色をさらに茶っぽくさせた色。『手鑑模様節用』には「びわ茶、俗にかわらけいろといふ」とあります。土器は神前に供えたりするような釉薬(ゆうやく)をかけないで素焼きにした陶器のことで、平安時代には宮中の日用器として使われ、下って行灯(あんどん)の油皿、さらには的当て遊びの土器投げに使われたりしていました。
〜山吹色〜
春の桜が見頃をすぎて散りそめる頃、赤みを帯びた黄色の花を咲かせるバラ科の山吹(やまぶき)の花の色です。『古今和歌集』に「山吹の花色衣ぬし」やたれ問へどこたへず口なしにして」(素性法師)と詠まれています。山吹の花をふわりと脱ぎかけられた衣に見立て、美しい黄色の衣よ、お前の持ち主はいったい誰なのだと問うても返事がない。無理もない、支子(くちなし)の実で染めた黄色であるから、と、返事のないこと(口無し)と支子をかけているのである。
この歌にあるように、支子の実を煎じて染め、わずかに蘇芳を重ねると赤みが加わり、山吹色にふさわしい色合となります。山吹の花には一重と八重があり、一重は多く山野に自生し、庭園には八重が観賞用に植えられることが多く、春を彩る花として万葉の昔から歌に詠まれ、物語に記されています。都では桜の花が散っているが、山ではまだ残っており、源氏はとある庵で、供のものが雀を逃がしたと泣いているあどけない少女を垣間見る。この少女こそ、のちに最愛の人となる紫の上であるが彼女は夕日のなか、山吹襲(がさね)の衣裳を纏っている。桜の終わる頃、山吹の花の黄がまばゆくなる、まさにその季節に合った衣裳を着ていて光源氏はその見事な色彩感覚に感動するのでした。



