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vol.35 2008.節分

Japanese Style

和のにゅーす・れたー Vol.35

発行日  2008.節分

発行   三隅勝栄堂

753-0035 山口市上竪小路90

TEL/FAX  083-922-1026

URL misumi-shoeido.com

e-mail  info@misumi-shoeido.com

節分・鬼は外

節分のとき、「鬼は外。福は内」と言って、豆をまきます。

さて、その鬼は、そもそもいつから始まったのでしょうか?

そこで、今年の節分では、「鬼」について、調べてみました。

初期の「鬼」

「おに」が初めて書物に出てくるのは多分日本書記(720)だと言われています。

『彼嶋之人、言非人也。亦言鬼魅、不敢近之。』
(その島の人、人にあらずともうす。また、おにともうして、あえて近づかず)

『有人占云、是邑人、必為魅鬼所迷惑。』
(人ありて占いていわく、必ずおにの為にまどわされん)

ここで「鬼魅」「魅鬼」という単語が出てきており、一般にはこれにどちらも「おに」と訓をつけています。

しかし「魅」は「み」(中国音mei)という文字ですから、この熟語を「おに」と読むのは苦しいかも知れません。

具体的にはここに出てきている「鬼魅」というのは外国人の海賊か何かをさしているのではないかと思われます。

また、日本書紀では斉明天皇の葬儀の時(661)に、「朝倉山に鬼が出て大笠を着て葬儀をのぞいていた」という記述があります。

初期の頃の鬼の姿で、笠をかぶり簑を着ているというのはポピュラーな姿でした。これはいわゆる稀人(まれびと)の姿であり、現代でも秋田のなまはげにその名残を見ることが出来ます。

この日本書紀の次は出雲風土記(733)です。これの大原郡阿用郷の項に「目一鬼」(まひとつのおに)というのが出てきます。この地方に目一鬼が人を取って食ったという伝説があることが記述されています。この「目一鬼」は地方柄、天目一箇神(あめのまひとつのかみ)と関連があるのではないかと思われます。

天目一箇神は出雲地方で盛んであった製鉄の神様で、一つ目の神様ですが、焼けた鉄を見つめている内に視力を失った人の象徴ではないか、と一般に言われています。(一つ目は太陽の象徴であり、太陽神ではないかという説もある。)

ごくごく常識的な解釈をしますと、「目一鬼来たりて田作る人の男を食う」というのは、製鉄の作業に人手を強制的に徴用され、視力を失ったり命を落としたりした者が大勢いた、ということを表しているのかも知れません。

平安時代の「鬼」

平安時代には鬼に関する記述がかなり増えて来ます。

●伊勢物語(904)

   第6芥河の段。男が愛し合っていた女を連れだし、逃げる最中小屋に隠れていたら、そこに鬼が出て女を食べてしまいます。しかし鬼の姿自体は出てきません。このモチーフは源氏物語・夕顔の帖でも、寂しい寺で夕顔が物の怪に取り殺されるという形で使われています。

●枕草子(1002)

   第153段に「名おそろしきもの」として牛鬼というのがあげられています。牛の角をはやした鬼でしょうか?

●大鏡(1081)

   藤原師輔があはのの辻で百鬼夜行にあった話が収録されています。師輔は尊勝陀羅尼を唱えてこれをやり過ごしました。百鬼夜行に逢う話は今昔物語巻2416にもあります。安倍晴明が子供の頃賀茂忠行に従って道を行っている時に出くわし、忠行が術を使って難を逃れたとされています。

●今昔物語(1106)

   巻24の第24「玄象の琵琶、鬼の為に取られし語」。ここでは鬼は姿は現していません。

   巻27。この巻はまるごと鬼の話で、大量に記述されています。第8では鬼は男の姿をしていました。第13ではかなり恐ろしい形相になっています。真っ赤な顔で目は一つ。背丈は270cmくらい。手の指は3本で爪は15cmほど伸びていて刀のよう。目は琥珀のようで、髪は乱れている。第23では古典的な笠をかぶり、水干を着た鬼が出てきます。

ということで、現代につながる鬼の姿というのは平安時代

後期くらいに形成されてきたのかも知れません。

室町時代の「鬼」

室町時代になると、現在見るような感じの鬼の絵が残されています。

東京国立博物館蔵の「百鬼夜行絵巻」に出てくる鬼・妖怪たち、館蔵「不動利益縁起」や清浄華院蔵「泣不動縁起」に出てくる式神などに、鬼の姿の原形が見えます。これらの絵は室町時代の作品です。

また、大江山の鬼退治などが収録されている御伽草子も室町時代頃にまとめられています。

鬼の権威低下

平安時代から室町時代頃まで恐れられた鬼ですが、江戸時

以降はどうもその権威が低下してきて、人々が闇の中に

見る恐怖はむしろ「幽霊」の方に移っていったようにも思

えます。鬼は、一寸法師・桃太郎などの昔話の中でやられ

る者としてとらえられ、節分の豆で追い払われ、来年のこ

とを言うと笑う存在になってきました。

それどころか、浜田広介(1893-1973)の「泣いた赤鬼」に

なると、鬼は人間と仲良くしたいと思っています。鬼もず

いぶんとフレンドリーな存在になってきたものです。

戦時中はアメリカやイギリスのことを当時の政府が「鬼畜

米英」と言わせ、桃太郎がその「鬼畜米英」を倒しに行

く、などという物語まで作られたりしています。ここで

鬼はもう恐れるべき相手ではなくなって倒せる相手だと思

っていたということです。

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